「時」 site.02 - 神と人間と命 -

13-特集, 3-OLD LOG ブログ記述日時 2004年04月26日月 , 02:28

ちょっと宗教的で電波くさい文章になります、すんません(ぉ
最近身内の不幸って奴で生死とか宗教とかに触れ、考える機会があったんです。でその考えたことを書いてみようかと。

- 命 -

命って何だ?ってことで、まぁ自分の考えなんですが書いてみます。命ってのは多分、自身で活動している全てのものにあるんだろうなと。動物や植物はもちろん、微生物・菌、川や海・空、地球そのものも、命を持っていて生きている。ぃゃ多分全てを含んだ地球そのものが命なんだなと。
生きているものには全て命があるなんてのは普通に言われることで、もっと別な見方を。最近思うに、命って感じられるんですよね。まぁなんとなくなんですが、これは命を持っている、と感じるんですよ。
だけど命ってどういうことだろう、と。

感じるのに、見えない触れないだけど確かにあるはず。ちょっと現実的な話だけど命ってのは活動している組織を含めた全体で1つの命なんだろうと。例えば人間なら、頭・手足・胴とその中身全部を含めて命。そういう考えだと、地球も一つの命だし生きているんだって考えに行き着きます。そしてそれらの一部が欠けると命も欠けてしまっているということで、命を削っているんだと。

- 死 -

死っていうのは命よりイメージしやすいもので、全ての活動が停止してしまうこと、と皆考えると思います。死ぬ死ぬって言うけど「自分の死」って考えたことありますか?ほとんどの人があるかと思いますが、多分「怖いなぁ」くらいじゃないかな。ホントに死を考えた時、それが僕の中で1番大きな恐怖を感じる瞬間です。他のものとは桁違いに大きく暗い恐怖で身を震わせ蹲りたい気持ちになりますが、それと同時に生きている自分を感じます。

本題ですが、自分の体の組織全てが活動を停止してしまう、ということをイメージしてみてください。何も見えない、何も聞こえない、何も考えられない、何も感じない、そこにいるという感覚すらも無い。多分寝ている時のようなイメージかと思いますが、寝ている間でも常に生を感じていますよね。リアルに死を想像すると、自分がいなくなる恐怖と同時にこのイメージの恐怖が出てくるんです。
これを考えると「動物でなく植物として生まれたかったかもなぁ」なんてことも思ったりします。だけど思考の無い植物だと何かを考える機会すらないわけで、やっぱり人間で良かったかな、みたいにグルグルと。

- 宗教 -

とりあえず自分の知識内での考えですけど、言ってしまうと宗教って結局は"神"と"命"と"繋がり"ですよね(ここでの神は広い意味で)。まず主となる人物がいて、その人の教えor悟りを学び、それを通じて「繋がり」を考え、命を全うする。知ってる範囲内では、命について考える時、宗教では「繋がり」が必須。「繋がり」っていうのは、人と人とのってだけではなく、人と世界・命と命・時代と時代など様々なものに当てはめて考えてください。当然輪廻転生なども「繋がり」に入ります。実家でお世話になってる寺の住職さんの説教(2つ目の意味での説教)は全部その「繋がり」の話なんですよ。

宗教ってなんか堅いイメージで厳しい感じなんですけど、どれも共通の考えがあるっていうか、言い方悪いけど考えれば結局は出てくる1つの結果、考えてみると絶対辿り付くような?考えで「あーやっぱりそうだなぁ」みたいな。全ては繋がっていて、その繋がりを大切にし大事に考えれば良い事があるよっていう。

次に、宗教上の神について。
宗教の神には大きく分けて2種類あります。1つは人間の姿をしている神、もう12つは姿はなく人間がこの世を神を繋げる役目をしているもの。

仏教やキリスト教などは2つ目の人間が人間と神を繋げているもので、それが釈迦だったりキリストだったり宗教ごとに違いますが、大体は似たものです。そしてこれらの宗教で「ん?」と思うことがあるんですが、「神と人間を繋げる人間」を神のように拝んでいること。多くの人がその人間を神と勘違いしていること。神はその上にいて、その神を拝み敬うべき。そういうのを見ると少し苛立ちを感じます。

そして1つ目は根本的におかしい。人間が神だなんて甚だおかしい。人間が神のはずがないじゃないですか。世界はそんなもんじゃない、もっともっと広大で深く永いものなのに、なぜ人間を神と考えたのだろう?と。神が人間に近づきやすいように人間の姿をしている、と言うものはアリかと思いますが。もし人間が神になれるとしたら、人間社会の中だけの話、ほんの少しの狭い部分での神でしかない。

- 宗教と命と死後 -

宗教には必ずと言って良いほど死後の世界が信じられている。例えばそれが天国だったり地獄だったり、花畑だったり都だったり、何もない真っ白な世界だったりこの世界のままだったり、様々だが死後の世界はあると宗教上では言われている。変わって科学や物理などリアルの研究の中では今まで、「質量を持たないものは存在し得ない」と言う考えから、死んでしまったら何も残らないと考えられてきた。しかし最近興味深い科学的検証を行っている博士がいる(こちら→死後の意識を解明、体外離脱の研究)この研究で幽体、つまり魂は存在するのかもしれない可能性が出てきた。詳しい結果等はまだ分からないが、もし魂があるのだとしたら、人間は死後どうなるのだろうか?

肉体が消えてしまったら魂も消えてしまうのか、あるいは単体で存在し自由に動き回れるのか。その魂はどこへ行くのか、時間によって変化はあるのか。意思はあるのか、など、多分そんなものは分かりえないだろうとは思うが知りたいところではある。それによって死の恐怖が軽減されるかもしれない。

宗教は死を恐れている。その死への恐怖を紛らわせようと死後の世界を考え出した。死んでしまっても世界はあるのだと。あるいは死によって何かが齎されると考えた。死は美だと言う考えもある。しかし生前どのように考えていたとしても結果は同じ、死は死だ。肉体はなく、ただ世界の理に流されるがまま。

- 死ぬために生きる -

少し矛盾に思えるかもしれないけど、自分は結果が同じならその過程を100%満足できるものにしたいと思っている。死んでしまってこの世から消えてしまうのなら、意思をなくしてしまうのなら、死を恐れる前にすべきことをしようと。充実した納得のいく日々を過ごし、満足できれば死も受け入れられるかもしれない。

そして自分にできることは、死んでしまった人、そこにいた人を決して忘れないこと。意思や物、それらを継ぐ人を、後へ続く何かを残すことが、自分の人生の目標。死ぬ時のために、今を生きたい。

---長文失礼しますた。---


- 追記 -

ちなみに僕は無宗教です。どれも信仰したくないのではなく、どれも学びたいので1つに絞れない、と言う・・・。それに自分の中に神がいるので、他の神を作る必要がないんです。言うなら、自分教ですか。

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